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kanren

京都の鬼門にあたる比叡山。そしてその北東中腹、六連ねの鳥居の叢祠(ほこら)が志々雄真実のアジトであり、最終決戦の場所である。今は簡単にケーブル、ロープウェイを使って山頂へ行くことができるのだが、剣心達はもちろん志々雄一派も歩いた道がどこかにあるだろう。

当然、志々雄のアジトの跡地すら実際に見ることはできないが(そんな雰囲気のある所は見つけた)、剣心達はどこから登ったのか、どこを歩いたのか、どんな景色が見えたかを推測しながら楽しみたい。


比叡山
音羽川に沿って
. 比叡山。標高848m。修学院からの眺め。このまま突き進んでいくと、山に入る。

闘いの前夜(既に当日か)、剣心は葵屋の屋根の上から比叡山を見ていたのだろう。
寺町通と今出川通の北東角には道標がある。比叡山は東へ三里。普通に歩いていると見落としてしまうかも。もしかしたら剣心達もここを通っていたりして。

ここから東ヘ歩くと出町柳駅に着く。出町からは比叡山と、五山の「大文字」、「法」がよく見える。
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比叡への道標
寺町今出川


report

【比叡山】

京都を歩くと山に囲まれた盆地だということがすぐにわかる。
だから、暑い。
京都府と滋賀県の間にある比叡山は大文字山などの有名ライバル山にも負けず、すぐにそれと分かる存在だ。ちょっとした登山をするのにも適しているのでこの山に登って楽しむ人はたくさんいる。

剣心と志々雄が対決した季節に比叡山に登ったら、かなり涼しいだろう。比叡山の気候は志々雄の熱を持った体にはちょうどよかったかもしれない。志々雄がここを拠点にしていた理由の一つか?


【六連ねの鳥居の叢祠?】

比叡山山頂からは、北東にある延暦寺へのシャトルバスも出ている。歩いて延暦寺へ行く場合は山道を行く。その途中に、志々雄のアジトの焼け跡かと思うような所を見つけて喜んでしまった。なんだただのでかい岩壁じゃないかとも言われるだろうが...。


叢祠
山頂から延暦寺へ行く途中
. 岩が崩れて叢祠が埋まったような・・(ちょっと無理があるか)

「所詮この世は弱肉強食
強ければ生き、弱ければ死ぬ」

−志々雄真実−


やっぱり志々雄のこの言葉ははずせませんね(笑)


【延暦寺】

比叡山は「東塔地域」「西塔地域」「横川地域」と分けられており、その中の延暦寺総本堂である根本中堂や各地域の諸堂を合わせて「延暦寺」と呼んでいる。だからものすごく広い。 志々雄のアジトはどの辺りだったのだろう?



延暦寺へ
根本中堂へはまだまだ歩く
. 鬼門を守る延暦寺。東塔の根本中堂には、織田信長の焼き討ちでも消えることなく残っている「不滅の法灯」があり、最澄が灯した火が1200年間生き続けている。1200年間消えてないと言い切れる所もまた凄い。
西塔には、焼き討ちで唯一燃えずに残った瑠璃堂がある。
.

【剣心達はどこから比叡山に登ったか】


比叡山北東中腹へ至る道はいろいろあり、主に次の5つの道が挙げられる。剣心達も志々雄達も皆、どれかの道を通ったのだろう。


滋賀県、坂本から


滋賀から登る場合は、琵琶湖付近の坂本から歩く。今は坂本ケーブルで延暦寺付近まで送ってくれる。アジトは比叡山の「北東」だから、滋賀からの方が「登る」運動量は少なかったかもしれない。それでも、なにもわざわざ滋賀まで戻って登ることは無いだろう?


八瀬の登山口から


叡山電車の八瀬遊園駅からバスで10分ほど行った所にある、登山口から登る方法。こちらの道を選ぶと、山のほぼ北側から登ることになる。京都市の中心部から(が出発点だと)考えると、登山口まで来るだけでかなり遠回りだ。堂々と対決する設定なのだから途中で襲われるはずもない。だからそんなめんどくさい登り方をする必要はなかっただろう。(あ、でも葵屋は襲撃されたんだった・・)


銀閣寺道から


この道は可能性があると思っている。 銀閣寺に至る手前の大通り(白川通と今出川通の交差点)から北東の道を進み、バプテスト病院の手前から林道に入る。こちらは距離もさほど長くないので、充分考えられる。が、道を間違えると瓜生山の山頂まで行ってしまう。途中で、下記の4.5の道に合流する。


赤山禅院から


修学院離宮の近く、赤山禅院のすぐ手前の道から登ることができる。ここから登ると序盤からなだらかな道なので、小中学生が遠足で登るときはここから登ることが多い(はずだ)。 ところでこのお寺、紅葉もきれいだけど、意味不明なオブジェがいろいろあって、行ったら結構楽しめる…やっぱり意味わかんないけど。猿が置かれているのは鬼門封じの為とのこと。


赤山禅院
. 赤山禅院手前
赤山禅院手前の道


雲母坂(きららざか)から


この道も可能性が高い。 4の赤山禅院と割と近いのだが、修学院離宮沿いの雲母坂から登る。後で赤山禅院、銀閣寺道から登った道とも合流する。ここから登ると最初から道は険しいが、距離は短い。剣心達なら4の赤山禅院から(比較的)ゆったり登るよりは、こちらからスイスイと??

雲母坂
雲母坂から登る
. 修学院駅から音羽川沿いにずっと坂を上っていくと、ダムときらら橋が見えてくるので、橋を渡ってきらら坂の石碑を右手に見ながら登山口に入る。


結論
筆者としては、3か5の道ではないか・・と思うのだが、特に5の雲母坂から登る道は、親鸞聖人が登ったとされている道であり、昔からよく知られているので(勅使が延暦寺へ行く際この道を使っていたとも言われ、勅使坂という別名もある)この道をイチオシしたい。


【下山…葵屋へ】


〜陽が沈み 月が東の空に浮かぶ頃〜


下山
間もなく陽が沈む
雲母坂を下り音羽川沿いを歩く
実際は何処を通ったのか…
. 「陽が沈み 月が東の空に浮かぶ頃 剣心達は帰ってきた」

由美の時計は、5時32分40秒台で止まった。
普通の人は、下山に1時間半ほどかかるだろうか。さらに葵屋まで戻らなくてはならないから、瀕死の重傷の剣心を抱えていても、自身も傷を負っている左之、蒼紫はかなり速く歩いたのだろう。さすが?


最後に、剣心の言葉をひとつ・・。


「死ねない!死ぬわけにはいかない!!

俺にはまだ 俺の帰り待ってる人がいるんだ!!

生きる意志は何よりも…何よりも強い!!」

−緋村剣心−




tsuika

* これは実際のニュースですが、明治9年4月10日午後1時頃、比叡山の四明岳から火の手があがり、夜の10時頃まで山が燃え続けていたという。火は強風で燃え広がったため、比叡山の山頂まで焼けてしまったそうだ。 近年これほどの山火事は見たことが無いというほどの大火事で、「京都まで明るかった」とのこと。

参考:「明治ニュース事典」第一巻/毎日コミュニケーションズ
(2005.7.23)



tour

【拝観時間】

●延暦寺

8:30〜16:30(3月〜11月)
9:00〜16:00(12月〜2月)

【主な交通機関】

京都駅から京都バス17.18->八瀬遊園下車->ケーブル八瀬遊園駅から叡山ケーブル->ケーブル比叡駅でロープウェイに乗り換え->比叡山頂下車徒歩約30分で根本中堂
出町柳駅から叡山電車八瀬行き->八瀬駅下車->ケーブル八瀬遊園駅から上記と同じ
京都駅から比叡山ドライブウェイバス->(約一時間)->延暦寺バスセンター(または東塔)下車

帰りに比叡山頂(または延暦寺バスセンター等)から京都駅までのバスに乗る場合、時間は余裕を見ておいた方がいいです。2時間かかったことがあります。

その京都駅までのバスには、左側に座った方が少し景色がお得だと思います。琵琶湖がよく見えます。(もちろん右に座っても琵琶湖は見えます)

できれば歩いて登りたいですね・・そりゃ・・。


【ちょっと便利情報】

Webでも有名な延暦寺、ドメイン名がhieizanってのが実にわかりやすいです(笑)

山ですから、暑いからといって半袖で行ったりすると、山頂では寒くて辛いことがあります。夏でも風が強い日は特に。ケーブルとロープウェイを使う場合、ケーブルの駅を降りた時点でも結構涼しいものです。

延暦寺自体がとても広いので、歩きたくない場合は山内のシャトルバスを使うといいでしょう。


制作/管理:比古原
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